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平子真理プロフィール2
湘南ホスピタル れいじつ  
平成16年5月1日号掲載より


日本画家を訪ねて
日本画家  平子 真理氏

服部
 今日は当院の木原理事長と同級生でいらっしやつた平子先生のお話を伺えることになり、とてもうれしく思っています。よろしくお願いします。
 先生は日本画家としてご活躍中ですが、絵をお描きになるようになったのはどういうきっかけでしたか。

平子 イラストレーターか挿し絵画家になりたかった母の影響で子供の頃から絵になじんできました。
 最初はクレヨン、水彩画から始まって油絵もやりました。専門的に絵の勉強を始めたのは大学受験を考えてからです。それまではお絵かき教室でやっていましたね。

子供であっても絵の具は良いものを

あるとき教室の先生がこんなことを仰っていました。「子供だからといって、安物の絵の具を与えるのは間違っています。子供だからこそ、高くても発色の良い絵の具を揃えてあげなさい。そうすることで、色彩感覚が身につくのです」言われるままに私に絵の具を与えた母には感謝しています。
 日本画を目指したわけは油絵の匂いが駄目だったのと、油絵が日本での伝統が無かったことです。
 両親が幼かった頃が終戦でした。敗戦のコンプレックスと西洋への憧れがある世代の親から生まれ、私は幼稚園から高校までカトリックの学校に通いました。
 長くキリスト教に触れてきましたが、少しお臍が曲がっていたのでしょうか(笑)、幼い頃から違和感がありました。
 例えば宗教の授業で、聖書の一場面を絵に描きましょうというのがあったのですが、見たことがない外国の風景に羊の群を、十戒やペン・ハーなどのハリウッド映画や御絵を思い出して描きました。それは幼心にも全部借り物のような気がしていました。


南紀逍遙 20号

 高校時代に日本的なものに興味を強く持ちましたね。そのころから方向がぐっと決まってきました。
 結局日本人としてプライドを何処に持てるのか探していたんでしょうね。
 現在、物が溢れていて先進国ではあってもどこか不安を感じます。ですから日本という国の風土や文化的土壌を大事にしたいと思っています。

服部 日本画を通して日本を再発見したいという活動は大変なテーマですね。

平子 日本の文化、風景は沢山残されています。今そういうものを見直そうという動きがさかんに出てきていますね。

服部 画家は絵を通して何かを主張したいと考えるのですか。

平子 絵はコミュニケーションの手段です。
 画家は不器用で口下手な人が多いですよ。小さい頃から、絵を青めてくれる大人がいたりする事で、言葉の代わりに絵で伝えようと、特化してしまう。人によっては表現手段として音楽や文章であったりしますよね。画家になった人はそれが絵なのです。
 外国で言葉が話せなくても、ゼスチャーが下手でも、絵で例えばお腹がすいた、とか伝えることができます。これは不自由なのか便利なのか微妙ですが.(笑)

観る人の評価が画家のエネルギー源

 観てくれる人が居て、それが、知ってる人の小さな輪から大きな輪に広がっていくのは凄く嬉しい事です.観た人の反応は、良し悪し、好き嫌いからホツとしたとか気味悪いとかまで様々ですが、その一つひとつの手応えが、前に進む原動力になりますね。

テーマ

 テーマは大筋で柱があったとしても、年代と共に変化して行きますので、その時々の心の在り方といった方がいいかも知れませんね。例えば十代の頃は風景画を描こうとは思わなかったのにいつの間にか描いている。興味の対象や思う事がどんどん変わったのでしょう。その時々の感性で描いて、見た人からのフィードバックをエネルギーに次々と描いていく、画家はそういうものです。実感はいろいろなものに反映されていて、風景や動物、人物、心象など、どんな物を描くにしろ、ある意味自画像でもありますね。発信源は自分なんですが、一方通行じゃ孤独じゃないですか。まず観てくださる人の心に伝わるといいですよね。
 絵を通しての心の会話ができるのが醍醐味なんです。

服部 画家にとって素人の無責任な批判は心外なのではありませんか。

平子 全然かまいません。かえって勉強になるんですよ。
 友人や画商さん達には結構シビアに言ってくれる人たちがいます。画家にとって言ってくれる人の方が有り難いのです。それがエネルギー源となることも多いですからね。シビアな指摘によって自分の足りない所に気づくきっかけになったりします。画家としては当然成長したい訳ですから、ズバッと言ってくれる人の方がありがたいですね。

服部 自分はこう描きたいのだからと反発したい気持ちはないのですか。

平子 難しいところですね。
 技術的、テーマ的にどうだとかという要素だけではなく斬新なパワーをお客様はシビアに求めていらっしやいます。批判あるいはお褒めの言葉を頂くだけではなく、画家側から新しい提案を投げかけていくのも大切だと思います。つまりこの中にそうは言っても私はこう感じているんですけれどという部分もあるのでしょうね。
 しかし一方で伝わらないのは力不足と考え表現の完成度を上げていこうとする努力もします。でも時々、描いた人の思惑と観る人の思惑が全くずれていても、豊かな心の会話が成り立つ幸福な関係もあるんですよ。お互い予期せぬ発見というか、気づかされることもあります。
 正解のない世界だからこそ、更におもしろいですよね。

服部 それは個性の表現あるいは観る側の眠っている部分を掘り起こしたいということでしょうか。

平子 個性って何でしょうね。
 三一口ではいえませんが、梅原先生の本にもあったんですが、本人しかわからないオリジナルって、いわゆる一人よがりになっているかも知れませんね。つまり誰ともコミュニケーションが成り立たないってことですから。それでは個性と言っても余り意味が無いとおもいます。
 技術的にも感性的にも、共感できるものであり、興味ひかれるちょっと面白い部分がある、くらいが一番楽しいのではないでしょうか。

服部 絵を描くときに大切にしたいものを教えてください。

平子 何を描きたいか、つまり気持、心です。
 デッサンや現場でのスケッチを沢山描くのですが、形と一緒に気持を記憶しているんです。
 例えば風景などは写真が一枚あれば、アトリエでとりあえず形を描くことはできますが、それだと意味がないんです。その現場の草木の裏側に気配とか、五感に感じる有形、無形のものを吸い込んで、その時の感情と一緒に響きあう所をインプットする。それを岨噂、消化して吐き出すのが絵なのです。

服部 先生は年間何作描かれるのですか。

平子 六十点くらいでしょうか。

服部 ずいぶん多いんですね。

平子 横山大観は生涯一万数千点描いてますよ。芸術家のイメージとして、一点に半年とか一年かけるとかよく聞くと思いますが、それは永く持続できるモチベーションを含めてのことでしょう。模索や実験ですよね。消化する時間なんです。ものによっては何年も頭の中で寝かせておく事もあります。
 それと、描きだして仕上げるまでの集中力はまた別でしょうね。そして描くのは一気。何より生涯成長し続けようと思うなら、実際に描いて行かないと永久に進歩はしないのです。ですから、描く量もまた、必要なのです。

服部 日本経済が低迷していますが、お仕事に影響はありませんでしたか。

平子 美術品市場は、不景気に先行して売れなくなり、景気が回復しても立ち直りが遅いのです。そういう環境下でバブル崩壊以降も仕事がとぎれなかった私は恵まれていると思います。
 傾向としては景気が悪いときは保守的な癒し系が好まれます。景気が良いときはみんな冒険心が旺盛なので活力あふれる不安定要素がたくさんある絵が好まれるんじゃないでしょうか。

服部 絵の鑑賞方法というのはありますか。

平子 芸術を身近に感じていただけたら嬉しいですね。芸術で遊べば良いのであって、遊ばれてしまってはつまらないですよ。絵は心の器であり、道具なんです。所詮はモノなんですよ。どんなに値が高い絵であっても、芸術が偉いわけではありません。主導権を持っているのは、今生きている我々であり、見る人の想いなのです。子供にかえったように、伸び伸びと感じるままにということが一番です。

服部 安心しました。

平子 芸術が判る判らないも関係ありません。大人になると知識のないことが怖かったり冷や汗をかいたりってありますけど、評論家の先生が評価したからこれがいいと思い込んでしまうのは、かえって楽しみを放棄するようなものじやないですかね。
 個人的な楽しみこそが芸術のおもしろさなんですもの。

服部 先生の絵はとても優しい絵が多いのですがドキッとする力強い絵もありますね。ホームページで拝見した猫の絵ですが、あれは面白いですね。

平子 いろんな面があり、やさしいのもドキッとするのも、どちらも私の内面にあるものなんですね。「笑ひ猫」 などは、飼ってる猫の図々しさを愛着込めて描いたんですが、笑うセールスマンの喪黒福造みたいなイメージもあります。これもまぎれもない実感ですね (笑)。

 笑猫


渓魚四季扇面図 秋

服部 ところで四年ほど前に先生はブータンに行かれましたが取材旅行をされたのですか。
         
平子 いいえ、最初はブータンでお茶会をやろうよといった突飛な企画だったのです。 私的な文化交流の楽しい珍道中でした。 気軽に旅行したのがよかったのか、すんなり入っていけましたし、ブータンに昔の日本を発見して、思うところあって描きたくなり、二回目は取材しに行きました。 ブータンは、バングラデシュの北でヒマラヤ山中の標高の高い国です。民族衣装の着用義務など法律化されていて、緩やかな鎖国状態の中で、これは文化を大事にしようとする国王の英断ですね。その他にも山の斜面には棚田、木造家屋の農業国であり、どこか懐かしい日本の風景を思い起こさせる所でした。

服部 ブータンにはこれからも訪問することになりますか。

平子 いつかまた行きたいですね。今度はアフリカ取材を予定しています。


風の往く道 20号

服部 先生の最終的に求めている絵、こういう絵を描きたいんだというのはありますか。
平子 一言で言うなら、自分が満足する絵を描きたいですね。(笑) 描いても描いても不満足、終わりなき道です。毎日が闘いですが、いつもフレッシュな気持ちで描きつづけたいです。
 自分が描きたいものを描くという気持ちを忘れてしまうと絵を描いている意味がなくなってしまいますよね。頑張っていればチャンスが必ず廻って来ると思っています。ですからその時を虎視眈々と狙っています。(笑)

服部 先生はお忙しい毎日を送っていらっしやいますが、健康管理の上で気をつけている事はありますか。

平子 描いている時間が長く、座りっぱなしで体を動かす事が少ないですね。そんな生活ですから運動不足を感じています。大きな絵を描く時は、絵を寝かせた上に板を浮かせ、橋の上から身を乗り出すような無理な姿勢を長時間続けることもあります。それに締切に追われるストレスがあって、消化器系が弱くなりました。そうかと思うと、滝の取材でいきなり山登りしたり、けっこう極端なんです。
 職業柄こういうことは避けて通れない事ですので、運動が足りない分、近所のスーパーヘの用事はこまめに歩くようにしています。

服部 今日は貴重なお話を有り難うございました。これからも素晴らしい作品を見せて頂けることを楽しみにしております。

聞き手 事務長 服部 正明
日本画家 平子 真理 (ひらこ まり)
藤沢市本藤沢在住
1985年 東京芸術大学美術学部 日本画専攻
1987年院展初入選個展・グループ展多数
現在 日本美術院院友